第3話 からみつく花
 
 うざい。俺の頭の中は,その一言でいっぱいだった。とにかく,うざいとしか言い表しようがないのだ。汚い言葉ではあるが。俺の場合は,耳があっても塞ぐ手がないので,ますます困った。
(・・・んの野郎。野郎じゃねえけど・・・・)
「マックル」の周りに,やたらと女子達がたくさんいた。大多数の女子がそうであるように,彼女らはよく通る高い声でしゃべっていた。それだけなら,マックルならば我慢できる。しかし,そのしゃべっている内容が問題だったのだ。
「ねえねえ,マックル,こないだあの人と一緒にいなかった?」
『あの人って・・・誰・・・?』
「ほら,@*さんだよ。マックル,@*さんのこと好きなんでしょ?」
「ね,そうでしょ?そうでしょ!!」
『・・・違うっつーの・・・』
 俺ならばとっくの昔にブチ切れているところだ。マックルと俺が切り離されていた為に,かろうじてゴタゴタは起きずにすんでいた。全く,嫌になるぜ。俺は彼女らを見下ろした。
 俺は決して彼女らをバカにしたり,見下したりしている訳ではなかった。ただ,生理的に受け付けないだけだ。だが俺がいくらそう思っていても,相手にはたびたび誤解されてしまう。
 そのたびに俺は,この世界で自分がどんな存在かと言うことを痛いほど思い知ってきた。はみ出し者,つまはじき,鼻つまみ,村八分,異端者・・・だいたいそんな言葉で表される,俺の存在を。
(・・・今は誰にも俺が見えない。姿を隠してやっと,俺はこの地上に存在することができる・・・)
 そんな自分をみじめに思ったこともあった。いや,今もそうかもしれない。マックルが,時折寂しげな表情を見せる。まるで,見えるはずの無い俺を捜し求めているようにも見える。
「おいっす,マックル」
 男子のような口調でマックルに話し掛けたのはセアだった。
「何か用?」
「昨日ね,あたし家で遊んでたのね,そしたらさ・・・・・」
 セアの話は他愛もないものだった。時々リアクションに困ることもあるが,少なくとも好きな人を聞き出してくる奴等ほど迷惑ではない。まあ女子のご多分に漏れず,セアも時々マックルに好きな奴がいるかと聞いてくる。他の奴等が,誰彼構わずデマを言いふらすのに比べれば,1人で勝手に思い込んでいるだけのセアはかわいらしいものだ。
 セアがマックルから離れた後に,俺は再びマックルを見た。なんだかやたら疲れているようだった。俺は何となく身体に戻らねばならないように思って,マックルの中へすっと入っていった。
 よく考えてみれば,俺は結構無責任なのだ。マックルという人間が今まで存在できたのは,マックルと一体だった俺がマイナス感情を引き受けていたからなのだ。怒りや悔しさ,憎しみ,疲れ,絶望,そんなものを,俺がマックルと一体になったまま引き受け続けていれば,マックルは「元気で明るい奴」のまま,この世界に存在できたのだ。そのマックルを「ネクラ」に変えてしまったのは,他ならぬ俺だと時々思った。マックルの体から自由に離れられる存在になることで,マックルが抱える必要のない感情を始末する役割を放棄したのだ。
(体から離れるときの痛みは,ここから来ているのかな・・・ほんとにダメな奴だよな,俺・・・)
(女子と話すのを面倒がるのだって,俺が逃げてるだけじゃないのか・・・努力が足りないだけじゃないのか・・・?)
 俺は遠くを見ていた。部屋の中にいる仲間のほうは向きたくなかった。というよりは,仲間に俺の顔を見られたくなかった。俺の考えを,誰にも悟られたくなかった。
 誰も俺のことなど気に止めない。それはときに寂しくもあり,ときにありがたくもあった。そのふたつを同時に感じることもあった。花たちは甘い香りを放ちながら,俺に絡み付いてくる。つるの中に抱かれてほっとするときもあれば,縛られて苦しいときもある。甘い香りに酔いしれることもあれば,鼻についてしょうがないときもある。一体この花は俺にとってどんな存在なのだろうか。そして,もう一輪の花―――――甘い香りもからみつくツルもないけれど,気づけば目を和ませてくれる花―――――も。
(セア・・・あんた、よくわかんねーよ・・・)