第4話 イベント
 朝っぱらだというのに、なにやら騒がしかった。足だけ重たいマックルの体を引きずり、俺は集団に近寄った。
 はっきり言って、俺は集団は苦手だ。特に今朝のようにやたらハイテンションな状態の集団は。だがそういうときだからこそ、俺は巻き込まれない程度に近づいて、何が起こったのか察知しなければならない。でないと本当に巻き込まれてしまう。あらかじめ回避する方法や、万が一巻き込まれたときにどうやって逃げるか、考えておくのだ。
 俺はとりあえず適当な参考書をひっつかんで、集団の近くに参考書を読むふりをしてさりげなく座った。勉強なんてしたくもないが、参考書は楽しそうに騒いでいる連中を遠ざける効果が抜群なのだ。
「レガ、誕生日おめでとー!!」
「おめでとうございます、先輩!これ、昨日プレゼント買ってきたんです!」
「ありがとう。・・・おおっ、いいじゃん。」
(やっべえ、まずいことになっちまった・・・)
 レガはこの辺の集団のリーダー格だ。人当たりの良さと話のうまさゆえに同級生・下級生を問わずみんな彼を慕っている。ただ一人、いや一人の半分を除いて。奇妙なことかもしれないが、マックルはレガを慕う一方で、俺は反発しているのだ。どういう状況なのか、俺にもわからない。俺の推測にすぎないが、マックルが俺に気がつかないからこういう矛盾した事態になっているのだろう。気付いていれば俺はとっくにもとのようにマックルと一体化していて、マックルはここへ近づかなくなっているはずだからだ。
 とりあえず今はそれは後回しにして、俺はここから逃げ出す方法を考えなければならなかった。みんなの尊敬するレガとなれば、当然取り巻きどもが盛大な誕生会をやる。そこら辺の飲食店かカラオケボックスに、みんなで繰り出すのだ。その辺の奴らを全員巻き込んで。誰のだってそうだが、ことにレガの誕生会の場合、誘われたらよほどの事情(ここでは習い事があるとか、死ぬほど体調が悪いなど、どうしても参加するのが不可能な状態を指す)がない限り参加するのが暗黙の了解になっていた。別に個人的な気分で参加しなくても、いやそうな顔をしたり脅迫したりはしてこない。表面上は。当人がいないところで「あいつはつきあいが悪い」「どうせ勉強でもしてんだろ」「くそ真面目なガリ勉」などとたたかれ、以後そういう人間として見下されるのだ。
 それなら、誘われなければいい。どっちにしろ行きたくはなかったが。だが、誘われたのを断るのはさすがに俺でも後味が悪いし、あとでどうなるやらわからない。誘われなければ、何で来なかったんだと言われても、「誘われないからお呼びじゃないのかと思った」などと言い返せる。俺にとってはよっぽどこっちの方が得だ。
 俺は参考書を広げたまま、そっと立ち上がった。奴らに気付かれてはいけない。足音を忍ばせ、俺は集団の近くから離れようとした。
 その時だった。
「マックルも行こー!!」
 背筋に寒気が走り、俺は雷に打たれたようにその場に凍り付いた。硬直した体の上を冷や汗が流れていく。
 俺は危うく体を離れそうになった。いつもならためらわず離れてしまうのだが、今日は離れるとまずい気がした。
(ここで離れれば、マックルはあいつらに連れて行かれてしまう。そうなると・・・)
「行こうよ行こうよ〜!」
「どーせ何もないんだろ?明日だって休みだしよ。」
 そういう問題ではない。行きたくないのだ。行ってはいけないのだ。マックルがたとえ気付いていなくても、俺は知っている。行くとどうなるか。俺にははっきりとわかるのだ。「いやだ!!」
 ためらっている暇はない。俺は渾身の力を振り絞って金縛りを解いた。そして、その場から全速力で逃げた。
「お、おい!どこ行くんだよ!?」
「ちょっとどーしたのマックル??!」
 何人かが追いかけてきた。そいつらを振り切って俺は逃げた。あとでどうなるかなど、考える余裕もなかった。逃げることしか頭になかった。俺は走った。できるだけ遠くへ、遠くへ、遠くへ――――――――― 
 
 結局、俺はそのまま家へ帰った。まだ日が落ちていないから、当然誰もいないわけだが。俺は中から鍵をかけ、携帯電話の電源を切った。できれば家の電話の線も引っこ抜いてしまいたかったが、さすがにそれは無理だった。とにかく、外界との接触はほとんど断ちきられた。
(まずいかもな・・・)
 激しく暴れていた心臓も、荒い息も、やがて収まってきた。それにつれて、これからどうなるのかが頭に浮かんだ。
(まあ馬鹿にはされるだろうな。でも別にいいや。もう見下されてんだし。)
 俺の方は開き直っていた。しかし、いつの間にか目には涙がたまっていた。マックルだ。俺は気がついた。マックルは怯えているのだ。
 電話のベルが鳴る音で俺は我に返った。俺は震える手で受話器を取った。
「・・・もしもし?」
「マックル?何でいきなり帰っちゃうの?今日はレガの誕生日なのに。これから@*¥に向かうから、すぐに来」
 ガチャン
 プー
 俺は受話器を叩きつけ、それからもう一度持ち上げて放りだした。電気代の無駄だが、電話が来ないようにするにはこうしておくしかない。
(マックル・・・今夜は絶対に、おまえを外へ出すわけにはいかねえんだ。でていけば・・・・おそらく、俺もおまえも辛い目に遭う。早くおまえが俺に気付いてくれれば・・・・・・それに越したことはねえんだけどよ・・・・・・)